エイトル・ヴィラ=ロボスのフルート作品

 

ヴィラ・ロボスの肖像
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楽譜




経歴


エイトル・ヴィラ=ロボス(1887年3月5日-1959年11月17日)は、リオ・デ・ジャネイロで生まれたブラジルの作曲家、チェリスト、クラシックギタリストです。20世紀のブラジルの芸術音楽の最も重要な作曲家とされています。

公務員でアマチュア音楽家だった父の影響下で、チェロ、クラリネット、クラシックギターの演奏を学びました。
1899年に父が亡くなると映画館や劇場のオーケストラで演奏し、生計を立てます。

1905年頃からポルトガルやアフリカ、南北アメリカの先住民の民族的な音楽を吸収し、クラシックの即興演奏もこのころ始めています。
また、地元のストリートミュージックバンドと共演し、タンゴやポルカ、映画音楽の影響も受けました。
リオオペラのチェロ奏者になり、グランドオペラなども試みています。

1913年、ピアニストのルシリア・ギマランエスと結婚し、妻からピアノの基礎を教わります。
その頃の作品には、ヨーロッパ音楽とブラジル音楽の影響が濃く現れています。

1917年にはフランスの作曲家、ダリウス・ミヨーに出会い、クロード・ドビュッシーやエリック・サティなどのフランスの音楽を知ります。翌年、アーサー・ルビンシュタインに出会い、生涯の友人となりました。これらがきっかけとなり、ヴィラ=ロボスはさらにピアノ音楽を書くきっかけとなりました。

国内の混乱とした状況と、聴衆が知的要求の少ない音楽作品を求めている状況で、ヴィラ=ロボスのブラジルでの評価は芳しくなかったため、1923年にパリを訪問ます。パリではエドガー・ヴァレーズやパブロ・ピカソ、レオポルド・ストコフスキー、アーロン・コープランドに出会います。同時に彼の作品はパリの聴衆に強い印象を与えました。

1932年にベートーベンのミサ・ソレムニスや、ヨハン・セバスティアン・バッハのロ短調ミサ曲のブラジル初演を含むコンサートを手掛けます。そのなかにはブラジル風バッハも含まれていました。

1937年以降のブラジル国内の混乱した状況が収まると、ヴィラ=ロボスは再び海外を訪問することができるようになりました。体調が芳しくない中でも作曲を続け、ピアノやチェロ、ハープやハーモニカのための協奏曲や、交響曲など多忙な生活を贈ります。

1959年、リオで亡くなり国葬されました。


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