アントニオ・ヴィヴァルディのフルート作品
By18th-century portrait, artist missing (Taken from the en.wikipedia), Public Domain, Link |
楽譜
経歴
アントニオ・ルチオ・ヴィヴァルディ(1678年3月4日-1741年7月28日)は、ヴェネツィア共和国で生まれたバロック最大の作曲家の一人です。
プロのヴァイオリニストになる前は床屋をやっていた父親にヴァイオリンの手ほどきを受け、幼いアントニオは父親とともにヴェネツィア中で演奏しました。
11歳の頃に作曲されたオペラも残されています。25歳で司祭となり、ピエタ院の孤児のために書かれた作品や、彼の膨大な協奏曲や合唱作品、40曲以上ものオペラはヨーロッパ中の作曲家に影響を与えました。
晩年にはヴェネツィアを離れウィーンへ移住しますが、彼が支援を期待していた皇帝カール6世がまもなく没し、貧困の中で63年の生涯を閉じました。
現在のウィーン工科大学の敷地の一部にあるカールス教会の隣に埋葬されました。
彼の没後に作品は忘れられていましたが、フリッツ・クライスラーがヴィヴァルディのスタイルの協奏曲を受け継ぎ、再興のきっかけとなりました。