オーケストラのオーディションを受ける時の心得
先日、審査員としてオーケストラのオーディションに参加した時に思った事を、備忘録も兼ねて書いておきたいと思います。
私も今のオーケストラに就職するまで、恥ずかしながら30回近くオーディションを受けては落ち、受けては落ちを繰り返してきました。
運よくオーケストラに就職した今だからこそ思うのですが、オーディションでは実力以上に運が必要です。
しかし、運頼みでやみくもにオーディションを受けても、合格することはまず無いでしょう。
今回の記事では、オーディションに合格するためにはどのように準備したり、本番での緊張に取り組めば良いかなど書いてみました。
今後、オーケストラのオーディションを受ける方に少しでも参考になれば幸いです。
オーディションの課題曲
オーディションでは、どこのオーケストラでも大体似たような課題曲が出題されます。
フルートのオーディションの場合には、ベートーベンのレオノーレ序曲第3番、ビゼーのカルメン間奏曲、ブラームスの交響曲第4番、ドビュッシーの牧神の午後、ドボルザークの交響曲第8番、メンデルスゾーンの真夏の夜の夢、ラヴェルのダフニスとクロエなどが一般的に課題曲になります。
もちろん、オーケストラによっては自国の作曲家の曲が出題されたり、歌劇場のオーケストラの場合にはオペラの課題が増えます。
ピッコロのオーディションの場合には、この他にピッコロの曲が出題されます。
このほか、ソロ曲でモーツァルトのフルート協奏曲や、他の作曲家の協奏曲やソナタなどが出題されます。
将来オーケストラで働きたいと思っている方は、音大に入学した時から、オーケストラスタディーに取り組んだ方が良いでしょう。
オーディションの行なわれかた
どのオーケストラも課題曲はほとんど共通していますが、審査基準など細かい部分でそれぞれ違いが出てきます。
例えば弊社チェコ・フィルのオーディションの場合には、書類選考を通過した受験者が一次審査に臨み、通過者が二次審査、場合によっては三次審査へと進みます。
一次審査では、舞台にスクリーンがステージに設けられます。審査員は誰が演奏しているか見ることができない、いわゆるブラインド審査の方法を採用しています。
演奏者が二次審査へ進むべきか否かを投票用紙に記入し、一次審査後に事務局で集計し、およそ一時間ほどで結果が出ます。
二次審査では、ステージのスクリーンは無くなります。点数での投票になり、規定の点数以上獲得した者が試用期間へ進みます。
全ラウンドの審査後には、誰が誰に何点を入れたのか、参加者にも審査員にも全て公開される透明性のある審査となっています。
二次審査では、ステージのスクリーンは無くなります。点数での投票になり、規定の点数以上獲得した者が試用期間へ進みます。
全ラウンドの審査後には、誰が誰に何点を入れたのか、参加者にも審査員にも全て公開される透明性のある審査となっています。
コネでオーディションを通過する事は不可能ですし、評価に相応しくない点数を投じた団員も判ってしまい、あまりに平均点とかけ離れた投票は無効になります。
オーケストラによってはブラインド審査の無いオーケストラもありますし、投票以外の方法で合格者を決めることもあります。
コネでオーディションを通過したは良いものの、一部の団員が反発して大揉めしたという話も何度か聞いた事がありますが、本当に稀な事なので多くの受験者は心配する必要はありません。
一次審査での心得
一次審査を通過するためには、音楽性よりも基本的な演奏技術が必要になります。
音程の正確さ、テンポ感の良さ、音色のコントロール、難しいパッセージを正確に演奏することは、一次審査を通過するためにほぼ必ず必要な条件となります。
オーディションでは、ミスは厳禁です。
人間ですのでミスをする事は仕方ないですが、絶対に失敗してはならない場所でミスをすると、審査を通過する事はほぼ不可能です。
難しいパッセージは日頃からていねいに練習し、どんなに緊張してもミスしないよう身体に刻み込んでおく必要があります。
審査員の大部分は他の楽器を専門にしており、自分と同じ楽器を演奏する団員はその中のごく一部です。
他の楽器の審査員に、自分の楽器の難しさを理解されることはほとんどないので、大きなミスをしたら容赦なく減点されてしまいます。
難しいパッセージは日頃からていねいに練習し、どんなに緊張してもミスしないよう身体に刻み込んでおく必要があります。
オーディションではとにかく正確な演奏を。
冒頭の数秒で結果は決まる
審査時間の短い一次審査では、冒頭の数秒で、結果はほぼ決まると考えて良いでしょう。初めの印象はとても重要です。
冒頭で大きなミスをすると、多くの審査員は聴く気を無くしてしまいます。
その後でどんなに良い演奏しても、挽回する事はかなり難しくなります。
ピアニストのテンポ
協奏曲を演奏する場合、ヨーロッパでは伴奏ピアニストを楽団が手配してくれます。
良いピアニストに当たればラッキーですが、常に良い伴奏者と共演できる事はほとんどありません。
オーディション直前にオーケストラに雇われたなどの事情で、課題曲の事を良く知らないピアニストに当たる事も多くあります。
特にフルートの場合には、ピアニストのテンポが速すぎると感じる事があるでしょう。
特にフルートの場合には、ピアニストのテンポが速すぎると感じる事があるでしょう。
しかし、オーケストラではどんなテンポでも音楽表現ができる奏者が求められます。
自分が正しいと思うテンポを保つことも、音楽を演奏する上でとても大切ですが、他人のテンポに乗って演奏する技術を身につけておくと、オーディションではかなり有利になります。
もしピアニストが走っても、ちゃんとついて行けばそれだけで他の受験者よりも少し良い印象となります。
本番でピアニストのテンポが速くても乗り遅れることの無いよう、様々なテンポに対応出来るよう準備しておく事をオススメします。
神経質にテンポにこだわってしまうことは、オーディションにおいてはかなり危険です。
オーディションにおいては、大きな音で演奏することは絶対の正義です。
大きな音で、ダイナミックに表現すること
大きな音と言っても、音量が大きいだけの汚い音色や鋭い音色を意味するわけではありません。
豊かに美しく響く、鋭くなくて柔軟性のある表現力の幅の広い音色という意味です。
オーディションにおいては、大きな音で演奏することは絶対の正義です。
他の受験者よりも大きな音色であることは、それだけでかなり有利になります。
特にフルートの場合、他の楽器に音がかき消される事がよく起こります。
そのような時に、しっかりとした音で演奏することを指揮者から求められます。
どうしても音が通らない場合には、他の楽器が必要以上に小さな音量で演奏せざるを得なくなります。
時々、大きな音に対して嫌悪感のような感情を持っている人もいますが、オーケストラの中で演奏する場合には大きな音を出せる技術は必須です。
緊張
オーディションで緊張してしまうことは自然な事ですが、緊張して音が震えたり、指が回らなくなったり、息が浅くなったりするのは、オーディションにおいてかなりのマイナス要素になります。
オーケストラの演奏会のソロなどでは、オーディションよりもはるかに緊張や重いプレッシャーがかかります。
そのため、どれだけ緊張しても常に一定のクオリティーの演奏ができる奏者が求められます。
本番での重圧も跳ね返すくらい緊張に強くなければ、長いオーケストラ人生を送る事は大変かもしれません。
演奏会に来るお客さんは、プルプルと震えた音を聴きに来ているわけではありません。
緊張している余裕の無いくらい、集中して音楽に入り込む必要があります。
「やれることは全てやったので、後はどうにでもなれ」という気持ちになるくらい練習すれば、オーディションは割と楽しく受ける事が出来ます。
私もオーディションを初めて受けた時は緊張しましたが、何度か落ちた後はもう旅行に行くような気持ちで楽しくオーディションを受けていました。
オーディションには音楽家としての今後の人生がかかった大事な場面であることは間違いないのですが、実力以上の演奏をしようとすると失敗しがちです。
普段の練習を録音、録画してみるなど本番を想定して練習をしておくと、いざ本番で演奏するときに役に立ちます。
大切な場面だからこそリラックスし、楽しく演奏したほうが結果につながります。
試用期間
運良くオーディションを突破しても、まだそこで終わりではありません。
試用期間として、実際にオーケストラの一員として雇われます。
オーケストラによって試用期間はまちまちで、半年の所もあれば、ニ年以上かかる所もあります。
私の所属するチェコフィルハーモニーでは一年ですが、試用期間が始まって三ヶ月後に審査があり、この審査を突破すると一年後に団員全員の投票で合否が決まります。
試用期間では演奏技術だけでなく、人間性も見られます。
挨拶や同僚とのコミュニケーションなど人格に問題が無いか、リハーサルなどの時間に遅れずキッチリ来るなど、社会人としては当たり前な事が出来るかどうかも審査されます。
音楽家にとっては意外と難しく、音楽以外の要因で試用期間で落ちてしまう人も多くいます。
個人とオーケストラとの相性もありますし、オーケストラという職業に向いている人もいれば、向いていない人もいます。
死物狂いで頑張って無理矢理オーケストラに就職しても、向いていなければ定年まで勤めることは難しい職業です。
毎回、演奏会の度に緊張やストレスに精神が押しつぶされそうになっていては、せっかくオーケストラに入団しても困難な人生が待ち受けているでしょう。
オーケストラという大きな集団の中では、演奏面でなく人間関係でもうまく立ち回る必要があります。
オーディションを楽しもう
オーケストラのオーディションは、オーケストラや課題曲との相性に左右され運次第で結果が決まります。
どんなに頑張って準備しても、ほとんどの場合に合格できません。
反面、上手く行くに時は、不思議と何もかも上手く行きます。
もし一次審査で落ちてしまっても、落ち込んだり諦めたりせず、また日々の練習で粘り強く問題に取り組んでいれば、いつか必ず合格出来るでしょう。
私の場合、恥ずかしながら30回近くオーディションで落とされましたが、いつの間にか就職出来ていました。
たくさん1次審査で落ちましたし、最後まで残って合格できなかったこともありました。
初めのうちは落ち込んだりしていましたが、ある程度落ち慣れてしまうと気楽になります。
すぐにあきらめたりくじけたりしない事は、音楽を続けるうえでは何よりも重要です。
目標を持ち、それに向かって全力で努力しましょう。
そして、何よりも忘れてはならないことは、オーディションでも音楽を楽しむということです。
オーケストラの演奏会でも、演奏者が音楽に没頭し楽しんで演奏しなければ、お客さんにも音楽の感動や喜びは伝わりません。
オーディションで緊張する状況とはいえ、あなたが音楽で伝えたいことを審査員はほほ全て汲み取ってくれます。
これほど素晴らしい聴衆に恵まれる機会は、普段の演奏会ではありえません。
オーディションという貴重な機会が与えられ、そこで音楽を演奏している時間を心から楽しんでください。
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— 佐藤直紀🇨🇿笛僧 (@fuesou) June 23, 2022